武芸川町出身のプロゴルファー「宮田晃成さん」に密着!
宮田晃成さん(本人提供)栃木県那須烏山市の烏山城カントリークラブで「マンガみたいだと、よく言われます。」
そう笑うのは、関市武芸川町出身のプロゴルファー宮田晃成さん。
宮田晃成さんが初めてゴルフクラブを握ったのは、なんと大学4年生のとき。
そこからわずか4年で、難関として知られる日本プロゴルフ協会(PGA)のプロテスト合格を果たしました。
プロゴルファーの多くは、幼少期から競技を始め、ジュニア大会や名門ゴルフ部で経験を積みながらプロを目指します。
そんな世界で、宮田晃成さんの歩みはまさに「異色」。
今回のまち肌屋では、宮田晃成さんの「素顔」に迫りました。
野球少年だった宮田晃成さん。転機は大学4年生
礼儀正しく、さわやかな好青年!取材中も終始にこやか宮田晃成さんは、岐阜県関市武芸川町で育ちました。
武芸川中学校時代は野球部。さらに、岐阜東高校時代も野球部に所属し、1番センターとして活躍。卒業後は東京工科大学へ進学しました。
大学では映像制作について学び、将来はテレビ局や映像制作会社への就職を考えていたそうです。
当時はまだゴルフとは無縁の生活を送っていました。
転機となったのは、大学4年生のとき。
ゴルフ練習場でアルバイトを始め、初めてゴルフボールを打たせてもらったことがきっかけでした。
お父様やお兄様がゴルフをしていた影響もあり、クラブを握るようになると、急速にその魅力に引き込まれていったといいます。
初ラウンドのスコアは、なんと99。
一般的には、ゴルフ初心者の初ラウンドは120〜150程度になることも多く、初ラウンドとは思えない驚きのスコアでした。
そこからほどなく70~80台で回れるようになったそうです。
「プロになれるかもしれない」
そう感じた宮田晃成さんは、そこから本気でゴルフと向き合い始めました。
SNSで学び、1日1,000球を打ち続けた日々
驚くべきは、その成長スピードです。
宮田晃成さんは、最初から専門的な指導を受けていたわけではありません。
主に活用していたのは、YouTubeのレッスン動画。
動画を見て研究し、実際に試し、また修正する。
その繰り返しでした。
そして、練習量も圧倒的。多い日は1日1,000球以上を打ち込み、7時間近く練習場に立ち続けることもあったそうです。
プロとなった今でも、1日300球ほどは打つそうです!「どうすれば効率よく上達できるのか」
「自分に足りないものは何か」
常に考えながら練習する姿勢が、短期間での飛躍につながりました。
「片っ端から電話」して掴んだプロへの道
「何もわからない中で、手探り状態でした」と宮田さん大学卒業後、宮田晃成さんは研修生としてゴルフ場に入るため、岐阜県内のゴルフ場へ自ら電話をかけ続けたそうです。
ゴルフ場研修生とは、ゴルフ場で働きながらプロゴルファー(トーナメントプロやティーチングプロ)を目指す方のことです。
ゴルフ場の整備やボール拾いなどの業務の合間や早朝・夕方にコースで練習し、プロテスト合格に向けて技術と知識を磨きます。
その中で受け入れてくれたのが、岐阜関カントリー倶楽部。2021年秋に同ゴルフ場の研修生となりました。
宮田晃成さんは、「岐阜関カントリー倶楽部で、所属プロの方々から指導を受けたことが、自分を飛躍させるきっかけになった」と話してくれました。
中でも光田智輝(ミツダ トモキ)さんから、多くのことを学んだと教えていただきました。
光田智輝さんは、宮田晃成さんより3歳年上の存在。
時には光田さんのキャディを務めることもあったそうで、試合へ一緒に行く機会も多いとのこと。
「紳士的で、プレーにも迷いがなくブレない」。
そんな光田プロの姿に、宮田晃成さんは強く影響を受けてきました。
技術面はもちろん、立ち居振る舞いや考え方など、「プロとしての姿勢」そのものを学んでいる存在だと語ってくれました。
日本ラインゴルフ倶楽部へ移籍
日本ラインゴルフ倶楽部(岐阜県可児市)その後、研修生を募集していた「日本ラインゴルフ倶楽部」へ移籍。
現在(2026年)も同ゴルフ場へ所属しながら、プロとして活動しています。
宮田晃成さんは、日本ラインゴルフ倶楽部では、朝7時から午後3時頃までは練習場の管理業務を行なっています。その後にラウンドや打ち込み練習を行う生活を送っています。
日本ラインゴルフ倶楽部練習場プロゴルファーの活動には、遠征費やホテル代、キャディ代など、多くの費用がかかります。
そんな中、日本ラインゴルフ倶楽部の支援には本当に助けられていると話してくれました。
4度目で掴んだ、プロテスト合格
真剣な眼差し!パター練習も見させていただきました!ゴルフのプロテストは年1回。プレ予選から最終テストまで、長く厳しい戦いが続きます。
宮田晃成さんは、2022年からプロテストの挑戦を開始。
特に印象に残っているのは、合格目前で届かなかった2024年のプロテスト。
「自分の調子は良かった。でも、周りがもっと伸ばしてきた」。
プロテストは、最終テストで50位タイまでしか合格できない狭き門。自分が良いプレーをしていても、他選手のスコアによって結果が左右される厳しい世界です。
あと一歩で届かなかった悔しさは、今でも強く心に残っていると話してくれました。
そして、4度目の挑戦で、ついにPGAプロテスト合格(2025年)を掴み取りました。
武器は300ヤード超えのドライバー
宮田プロの強みは、何と言っても飛距離です。
得意のドライバーショットは300ヤードを超え、トッププロにも引けを取らないレベルだといいます。
1ヤード=0.9144メートル
300ヤード=274.32メートル
さらに、宮田プロは「パターも得意」。
バーディー(パーと呼ばれるホールの基準打数よりも1打少ない打数で、ホールアウトすること)を積極的に狙う「攻めるゴルフ」が宮田プロの持ち味です。
「Never up, never in(ネバーアップ・ネバーイン)」を胸に「ゴルフは、欲をかきすぎるとダメ」。
そう冷静に話す一方で、プレースタイルはかなりアグレッシブ。そのギャップも宮田プロらしさかもしれません。
宮田プロが大切にしている言葉があります。
「Never up, never in(ネバーアップ・ネバーイン)」。
“カップに届かないパットは絶対に入らない”というゴルフの格言です。
弱気にならず、しっかり打ち切る。
その姿勢は、ゴルフだけでなく、人生そのものにも通じているように感じました。
家族の存在が、力になる
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現在は、奥様と7か月のお子さんとの時間が何よりの癒やしだそうです。
休日には家族で出かけたり、遠征に同行してもらうことも。
優しい父親の顔を見せる宮田さん「とにかく可愛い妻と子どもが大好きです」。
そう笑う表情からは、試合中の真剣な姿とはまた違った、優しい父親の顔が見えました。
試合後、最初に連絡する相手は宮田プロのお父様だそうです。
初めての試合ではキャディも務めてくれた存在であり、「結果を出すことが恩返し」と話してくれました。
地元・武芸川への想いも、宮田プロの大きな原動力です。
武芸八幡宮(岐阜県関市武芸川町)宮田プロが子どもの頃は、武芸八幡宮の境内で野球をして遊び、中学生の頃には、真夏の部活動が終わったあと、仲間たちと武儀川へ飛び込んだ思い出もあるそうです。
今でも試合前には八幡神社を参拝し、勝負の神様に祈願するのがルーティン。
「武芸川町が大好きです」
将来的には、武芸川町に家を建てて暮らしたいとも話してくれました。
「遅いスタートでも夢は叶う」を証明したい
宮田晃成さん(日本ラインゴルフ倶楽部にて)宮田プロは21歳から本格的にゴルフを始めました。
だからこそ、地域の子どもたちへ伝えたい想いがあります。
「途中から始めても、プロになれる」。
スタートが遅くても、努力と工夫次第で夢は掴める。
その言葉には、実際に自分自身で道を切り拓いてきた人だからこその説得力がありました。
現在の目標は、QT(クォリファイングトーナメント)で上位に入り、レギュラーツアーの出場権を獲得すること。
そして、5年以内にシード権を手にすることです。
QT(クォリファイングトーナメント)とは、翌シーズンのツアー出場優先順位を決めるための選考会のこと。
QTの最終順位が良いほど、より多くの試合に出場できる優先権を得られます。
その先に見据える最終目標は、シード選手の中でも年間成績上位30名のみが出場を許される、日本最高峰の舞台「ゴルフ日本シリーズJTカップ」。
関市から羽ばたく異色のプロゴルファー、宮田晃成さん。
これからの活躍に、ますます注目です。
宮田晃成さんプロフィール
氏名:宮田晃成(Kosei Miyata)
出身地:岐阜県関市武芸川町
年齢:27歳(1999年01月13日生まれ)
身長・体重:170cm・70kg
血液型:O型
所属先:日本ラインゴルフ倶楽部
宮田晃成後援会SNS:Instagram(@miyatakousei_golf)